FAXに関する思い出

私がFAXというものを使い始めたのは中学生になったころでした。どうしてメールや電話ではなかったかというと、FAXには絵が盛り込めるからという理由がありました。友達とのやりとりも手紙や交換日記を好んでいたので、コミュニケーションに使うにはもってこいだったのです。それに、勉強に関しても、数式を書いたり図にしたり、わかりやすさという大きな利点がありました。そのため、FAXというものも身近な交流手段として用いられていたのです。

そんな書き物好きの交流においても、けっこうなトラブルはありました。トラブルと言っても揉めたのではありません、使い慣れないFAXに手間取ったり失敗したことです。

例えば、「紙を節約する」という機能がありました。これは縦横の比を変形させて、送ってきたものよりも平べったくプリントする機能だったのです。しかし、「節約できるならいいか」と思って設定してしまったため、哀れ送られてきた可愛らしいキャラクターは、横に太ったような体つきになってしまいました。こちらの手落ちですから、相手にそのことは内緒にしておきました。

他にも、我が家のFAXは感熱紙を利用していましたので、冬にその事件は起きました。ストーブの前でFAXを読んでいた私は寒さに思わず、ストーブへ感熱紙を近づけてしまったのです。あっという間に感熱紙は真っ黒になってしまい、送られてきたFAXは読めなくなってしまいました。ヤギ同士のお手紙ではありませんが、「ごめん、うっかりして読めなくなった」と友人にFAXを送ったのを覚えています。

数えてみれば枚挙に暇はありませんが、私はFAXとこのようにして、青春時代を送ってきたのでした。

FAXで気持ちを送る

FAXというものが出回り始めたものの、まだちょっと値段が高かった頃、私は小学校の低学年でした。今まで声しか伝えられなかった電話で、これからは絵を送れるようになるんだと思うと嬉しくて嬉しくて!でも高価で自分の家では買えなかったので、母方のおばあちゃんの家に遊びに行って、そこにあったFAXを使わしてもらっていました。遠くに住む従妹のお姉ちゃん達(むちゃくちゃ漫画を描くのが上手)と絵を交換しあったことは忘れられない思い出です。まだFAXの出始めで、白黒の時代だったので、お姉ちゃんが送ってくれた絵を塗り絵にしてよく遊びました。あんまり絵の交換ばっかりしてるから、そのうち叱られて、その後は一日3枚までと決められてしまうほど、夢中になっていました。

その後、私が中学生にあがる頃には、殆どの家庭にFAXが普及していました。我が家にも一台ありました。
私が中学校1年生の冬に、父方のおばあちゃんが亡くなりました。もともと弱っていたとはいえ、インフルエンザにかかってしまったため、比較的突然の死でした。今まで、喧嘩ひとつすることなく寄り添ってきた伴侶を急に失ったおじいちゃんが、本当に寂しそうで寂しそうで。何とか元気づけたいと思った私は、小学校の低学年以来ご無沙汰していたFAXを使って、週に一回、日曜日の夕方に新聞を書いて送ることにしました。第一号の新聞を送った時に、おじいちゃんが嬉しそうに電話をかけてきたことが忘れられません。その後の新聞の内容は、どれも「今日は学校で○○があった」とか「ご飯は○○を食べた」とか、他愛の無いものでした。しかし、おじいちゃんの寂しさを慰めるのに役立つことができ、本当に良かったと思っています。

振り替えてみれば、FAXを通して色んな思い出を持つことが出来ました。
今はメールやスマホやSNSが登場し、移り変わりの激しい時代になりました。
しかしやはり、自分の筆跡を送れるFAXのあたたかみは、捨てがたいなと感じます。

インターネットFAX比較